PDA vs システム手帳

031130.jpgeblogで「ほぼ日手帳2004」を見て衝動的に注文してしまったほぼ日手帳が金曜日に届いた。そこでハタと思ったのは「俺ってPDA派だったのでは?」などという、あまりにも単純な事実。でも実際無理に1年弱PDAだけにして仕事に使ってみたのだが、だんだんに「PDAにペンで書くって、実はカッコ悪いのでは?」などと思いだした。

少し細かく言うと、「なんか書きづらいのを、無理してPDAに書いているのって、間違ってないか?」ということ。サッサッと書けるならいいのだが、残念ながらどんなPDAの手書き認識もサッサッと書くには程遠い気がする。細かいニュアンスまで思いついたまま書くのには、手帳にかなわないし、そのときのアイデアを書き取るのには、ツールとしてPDAは不十分だと思う。キーボードのように思考が中断せずに書けるなら、PDAでも良いのだが。だからといって両方持つのもどうなのだろう。

PDAではPDAでしかできない絶対的な優位な機能が必要なのだと思う。もちろんインターネットに接続してメールを見られるし、MindManagerを使えばMindMapも作れる。モバイルムービーも持って歩けるのは、それはそれでありがたい。でもPDAのキラーアプリではないように思う。うまく言えないが小さいPCとしてのアプリではなく、PDAでなければ意味をなさないような、必然的なアプリというのがあるような気がする。それが出てきたとき、通勤電車で今の携帯のように、もっと使っている人を見かけるような環境になるのだろう。それはデジタル放送受信だろうか?

そう言えば最近は携帯ではアナログTV受信ができるようだが、字幕やテロップが読めるのだろうか。最近の番組はテロップで強調したりするので、これが読めないと面白さが半減すると思うのだが。

11:20 PM | | Comments (2)

通勤電車の活用方法

030915.jpg以前から私はかなり長い通勤電車を経験している。通勤時間の最高はドアツードアで片道3時間、これはほぼ3ヶ月間続いた。その後片道2時間強というのを昨年まで約3年近く続け、現在は2時間弱となって9ヶ月である。すべて電車の中というわけではないが、これだけ長いということは、人生の結構長い時間を、電車の中で過ごしているということで、やはり色々と有効に過ごしたいと思うものだ。様々なモバイル機器も試してみたが、モバイルムービーというのも、画面が小さい分、朝から結構疲れるし、最近はそうまでして見たいものもあまりない。ノートPCなども、会社に行ってから散々使うのだから、電車の中まで出して使いたくないというのが本音だ。持ち歩きということを考えると、やはり書籍より文庫に落ち着くし、文庫より視認性の高いモバイルデバイスは、まだないと思う。なんだかんだ試して結局通勤ラジオのSONY SRF-R633Vというのが、現在の状況。日経で電波が良く入るとの記事を読んだのでこの機種を選択した。確かに以前の機種より大分良好だ。朝はJRなので東京FMを良く聞く。最近はサイトがリニューアルしたので、番組を後からサイトで聞くこともできるようになった。インターネットラジオという方法もいいのだが、私の契約はネット25なのでつなぎ放題というわけではないので、自宅のようにはつなぎっ放しにはできない。通勤電車では、あんまり下を向いて集中するようなことをするのも乗り物酔いをして、かえって朝から逆効果になる。朝からリラックスするために、Pocket Relaxer 5でも使ってみようか。「これは!」という方法があったら教えて欲しいものであるSONY SRF-R633V

地震予知発表などもあるようなので、とりあえずラジオは非常時には必需品だと思う。多分携帯はつながらなくなるのだろうから。安否情報を入れる場所でも決めておく必要があるだろう。

11:50 PM |

ユビキタスな生活

030802.jpegユビキタスは「偏在する」というのが意味なのだそうで、すると動詞だからユビキタスな生活というのは、使い方がおかしいのかもしれないが、まあかたいことはこの際抜きにして「偏在的コンピューティング環境が整った生活」という意味と一応ここでは定義しておく。ユビキタス・コンピューティングが源で、要は究極どこへ行ってもPDAなど持っていなくても、水道をひねると水が出るように、自分のコンピューティング環境がその場で実現できるような生活のことなのだと解釈している。そのとき持ち歩くのはミューチップの組み込まれたカードなのかもしれないし、やっぱり何らかのデバイスが必要なのかもしれない。現実には今でも自分のハードディスクの内容をそっくりサーバーにコピーしておけば、何処へ行ってもオフィスとほぼ似た環境は実現できる。回線速度がもっと速ければ、端末はもっと軽くてメモリーだけ大容量で良いはずだ。かな漢字変換やその他の辞書だって、すぐにアクセスできるなら、ハードディスクに入れて持ち歩く必要はない。会議だって偏在していてもできるだろう。これが実現できればオフィス自体も時間貸しの場所を借りるだけで十分だし、週に1度顔を会わせるだけであとはどこにいても仕事ができそうだ。そんな生活ができることを夢見ている。うまくやれば日本が一番先にそこに辿り着けるような気がする。

今日(8月6日)の新聞に国立国語研究所の外来語の言い換え語一覧が掲載されていて、たまたま「ユビキタス」を見たら「時空自在」と書いてあった。「時空自在な生活」というと、まるでタイムマシンで生活しているタイムトラベラーのようだ。それ以外でも「ユビキタスコンピューティング」=「時空自在処理」、「ユビキタスネットワーク」=「時空自在接続網」、「ユビキタス社会」=「高度情報活用社会」が応用例だそうだ。「高度情報活用する生活」か?なんかしっくり来ないが。まだ中間発表なので、最終では多少の変更はあるのかもしれない。なかなか苦労の跡が分かる言い換えが多くて面白い。

第1回「外来語」言い換え提案(最終発表)

第2回 「外来語」言い換え提案(中間発表)

08:41 PM |

Memex

mtを使っていると、1945年にバナバーブッシュが書いたとっても有名な"As We May Think"に出てくるMemexを思い出す。思えば彼はこれが欲しかったのではないだろうか。ブラウザーが見る側とすれば、mtは書く側のツール、両方揃って初めて実現できる世界があるように思う。今生きていたら泣いて喜んだかもしれない。しかも彼のオリジナルの論文(初出はThe Atlantic Monthly 1945年7月号)にリンクしているのである。Hypertextなどという言葉ができる以前に、コンピューターも形になる以前に、こんなことを考えていたというのは、やはりかなり凄い。実現するのに50年以上かかっているのだ。その時代に生きているだけでも、もしかしたらとっても幸せなのかも知れない。
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携帯からMoblogができなくて悔しいのでちょっとマニュアルで入れてみた。

12:18 AM |